あれから5年経過、「命の電話」 と 「隠された東電会議録」

  • 2016.03.11 Friday
  • 07:12
JUGEMテーマ:日記・一般

 あれから、早や5年が経過した。

大地震が起こる数時間前から、

空の雲が異常な動き見せていた。


何かが起こりそうな気配が立ち込めていた。


自転車の200kmロングライドの練習で、

朝6時前に自宅を出て、笠間神社に到着したのが、

午後1時ごろだった。


笠間に近づく頃から、どうも空に浮かぶ雲が異常だった。

神社から、お土産店に足を運び、

午後2時半頃、大鳥居の前にある休憩所で帰宅準備をしていた。


その時である。突然大きく大地が揺れて、道路は波打ち、

電線は、縄跳びのように大きく揺れ、民家の瓦が

爆音を立てながら落下してきた。


笠間神社の境内に立つ、大きな灯篭が

これまた大きな音を立てて全て倒壊した。

古い民家は2階の屋根が潰れ、1階になっていた。


腰を抜かして、地面に座り込む人、

直ぐにカメラを出して写真を撮ろうと思ったが、

余りにも酷い光景に、シャッターを押せなかった。


道路は、帰宅を急ぐ多くの高校生で溢れ、

笠間駅には、電車が来ないホームには、人が溢れかえっていた。


信号がストップ、停電で、夕方になっても辺りは真っ暗。

帰路、食料品と水を求めて・・・、1軒ほど小さなお店が開いていた。


お店の2階が大きな被害にあったようだ。

それでも何とか、パンと水を提供していただいた。


筑波山から見る筑波の町は、異常だった。

夕方の7時を過ぎても、真っ暗なのだ。

交差点が怖い、頼るのは車のヘッドライトのみ。


小貝川の堤防の道は、数カ所陥没!

もし、あの時間にここを通過していたら、

お陀仏だっただろうと、恐怖におびえ乍、何とか自転車を押して通った。


利根川の橋では、車が大渋滞、

英語でいうと、inch by inch の動きとは

まさにこのことかと。


翌日、スーパーに行くと、

どのお店の食品棚は空っぽ、

全てが買われていた。


ガソリンスタンドへ行けば、

これまた長蛇の列、

列を作らず、勝手に先へ行って喧嘩が始まった。


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 昨夜、NHKで「いのちの電話」という番組で、

被災者の生の声を聴いた。

溢れる涙が止まらなかった。

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 東電の元トップが、「津波は予想できなかった」と

裁判で発言した。

そんな馬鹿なことはない、


東北では、今までに何度もこのような大津波があった。

実際に、町の遺跡にも、墓石にも事実が記されている。

数百年間の過去の出来事を検証していたはずである。


また、このようなことをしなければ、

原発は建設出来ない。

ましてや、太平洋の沿岸に建設するのである。


津波も予想しないで、原発を設置しました。

こんなことをトップは発言したのである。

実際に、数十メートルの大津波対策会議録が残されているのにも関わらず。


「命の電話」の番組を見乍ら、一層悲しくなった。

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今日は、You tube で「大津波」の恐ろしさを

もう一度見乍ら、震災について考えたい。

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